「チバニアン」GSSP提案申請書に用いられた論文に関する研究不正の疑いについて
5.研究不正の疑いに関する告発と各学術機関への対応・日本の研究公正の問題点について
申請グループは日本国内の22機関32名の研究者から構成されております。
しかし、これまでに述べてきた各論文の齟齬について、GSSP提案申請書作成時に誰も気がつかなかったというのは、あまりにも不自然です。
5-1.研究不正の告発に至る経緯
本協議会のこれまでの指摘に対して、ある申請グループメンバーの方は、GSSP「チバニアン」決定後にSNSで以下の様に「ミス」であると主張されております。
また、文部科学省も研究不正の定義として「故意によるものではないことが根拠をもって明らかにされたものは不正行為には当たらない。」と規定しており(外部リンク)、研究者が自ら間違えた根拠を提示しないのであれば、「ミス」と言う主張は通らないことを示しております。しかし、上記SNSでミスを主張されたメンバーの方を含め、申請グループは誰が、どの様な論文執筆工程でミスが生じたのか「ミスを主張する根拠」を示しておりません。
このほか、申請グループは「チバニアンの解説」ホームページにおいて、本協議会の指摘に対して以下の様にコメントをしております。
「科学上の疑義がある場合、一般的な方法として、学会や研究論文雑誌など、専門的な研究者が研究データを吟味する場において主張されるべきものです」とあり、本協議会も正しい意見だと思います。
しかし冒頭にも述べておりますが、本協議会は既にGSSP提案申請書の支持を表明した日本学術会議地球惑星科学委員会IUGS分科会(IUGSの日本委員会:以下、「IUGS分科会」)、日本地質学会、地球電磁気・地球惑星圏学会に対して、論文に関する学術的な不正の疑いを伝える文書を送付しておりますが、2023年現在も返答がありません。
各学術団体が論文に対する学術的な疑いに対して、議論・データの吟味を避けている事実は異常な事であり、この様な各団体の態度こそが申請グループの主張する『我が国の科学研究の発展を阻害するもの』の本質ではないか、と本協議会は考えております。
各学術団体が学術的な疑いに対する議論を避ける一方で、あるIUGS分科会(外部リンク)メンバーの方は、審査期間中の2019年7月にSNS(facebook)上において以下の様なコメントをされております。
「N氏」とはIUGS分科会メンバーの友人の方が指摘している通り、本協議会会長であった楡井久を指す事は明白ですが、このIUGS分科会メンバーの方が、楡井が執筆した千葉複合セクション周辺の地質に関するどの様な研究論文を読んで上記の様な「素人」コメントをしたのかについては書かれておりません。
また、このコメントは朝日新聞等によって2019年5月末に報じられた本協議会の借地権に関する誤った記事(外部リンク)を受けたものですが、「楡井が現地を立入禁止にして審査を妨害している」とも言わんばかりの誤った情報を流布し、侮辱的な発言をすれば、本協議会が指摘する学術的な不正の疑いに対して回答をしなくても良い、というものではありません。
IUGS分科会は、SNS上で虚偽の事実に基づくこの様な言動に時間を割くのであれば、本協議会が指摘する論文不正の疑いに対して早急に回答をするべきです。
2018年の2次審査当時には『国際委員会がGSSP提案申請書は問題なしと判断した』(「チバニアン」2次審査通過 捏造疑義「問題なし」(産経新聞)(外部リンク))と報じられましたが、これには上記IUGS分科会の「科学的にも問題が無い」というサポートレター(外部リンク)を国際委員会が鵜呑みにした、という背景があります。
事実といたしまして、申請グループメンバーの方も、GSSP決定後にSNS上で以下の様にコメントされております。
さらに、本協議会が「国際委員会は個々の論文をチェックしていない」と考える根拠といたしまして、『2次審査(外部リンク)および最終審査(外部リンク)委員の中には、IUGS分科会のメンバーが在籍している』という事実があります。
仮に本協議会が指摘した不正の疑いが国際委員会の中で議論され、解決されたのであれば、IUGS分科会を通じて本協議会に議論された内容が通知されると考えられます。
以上の様に、申請グループからも、いずれの学術団体(特にGSSP審査委員も担ったIUGS分科会)からも、論文不正の疑いに対して学術的な回答・反論が頂けなかったため、研究不正の疑いがあると判断し、特定不正行為(捏造・改ざん)の疑いについて告発を行うに至りました。
5-2.研究不正の告発と現状の日本のルールの問題点
現在、文部科学省が定めたガイドライン(外部リンク)では、研究不正に関する告発先は被告発者が所属する大学・研究所であり、当該機関が自ら不正の有無について調査を行うこととされております。
一般的に、各機関が告発状を受理すると
① まず被告発先の研究機関内で予備調査委員会が組織され、告発内容を吟味し、30日以内を目安として本調査が必要か否かを判断する。
② 本調査が必要と判断した場合、予備調査とは別に外部の有識者を調査委員会に交え、150日以内を目安として調査を実施し、不正行為の有無を判定する。
という2段階の調査が行われます。(下図参照)
しかし、文科省ガイドラインに基づく調査プロセスでは、被告発機関が不正の告発を揉み消してしまうことが少なくありません。
この背景には、『研究不正を認めてしまう事により、研究活動の管理体制(管理条件)に不備があると見なされ、運営資金の中でも重要な間接経費が削減されてしまう』恐れがあるためと考えられます(間接経費の削減割合については、H27年 科学技術・学術政策局長決定文書(外部リンク)を参照下さい)。
また、科研費を用いた研究活動に不正が認められれば、科研費の返還を求められることもあり、被告発機関にとっては資金面で大きな痛手になる、という側面もあります。
『不正を認めれば経費が削減されるため、被告発機関は出来る限り不正の告発内容が公とならない様に隠蔽し、その様な体質を知っているからこそ不正研究者が不正を行う』という、研究公正に関する「負のスパイラル」が起こっているのが日本の現状ではないかと考えられます。
日本分子生物学会が2013年に実施した「第36回日本分子生物学会・年会企画アンケート」によれば、『所属する研究室内で不正を目撃・経験したことがある』と回答した人は全体の10.1%にものぼり、研究不正が深刻な問題となっていることを示唆しています。
「なぜ分子生物学に不正が多いのか?」という明確な根拠を示した文献は見られませんので、分子生物学に限った話とは言えず、むしろ多くの研究分野が水面下で抱えている問題を日本分子生物学会が詳らかにした、と考えるのが適切だと思われます。
また、一見、日本の研究機関は研究倫理教育を実施するなど研究不正に対して厳しい態度で臨んでいる様に見えますが、実際には文科省ガイドラインや研究倫理教育にも多くの抜け穴が見られ、海外の学術誌からも「改めるべき」と指摘されるまでに至っております。(外部リンク:Yahooニュース『ネイチャー誌が糾弾~日本発最悪の研究不正が暴く日本の大学の「不備」』(https://news.yahoo.co.jp/byline/enokieisuke/20190626-00131623)
さらに、研究不正の告発を行うと、被告発者・被告発機関から報復を受けるケースがしばしば見られます。文科省ガイドラインでは、被告発者の権限は不正行為が確定するまでの間保全される一方で、告発者に対する保護については規定されているものの、形骸化している事が伺えます。
そのため、上記のYahoo記事でも取り上げられている様に、2015年末には岡山大学において、同大学の研究者が携わった論文に疑義を唱えた教授2名が解雇処分を受けるという事例もあります。
もしも文科省ガイドラインに『告発者の保護・地位の保全』が厳密に明記され、適正に管理運用されていたならば、この様な大学-教授双方の名誉に傷がつくような事態は起こらなかったであろうと考えられます。
チバニアンにつきましては、本協議会は申請グループによる2015年の国際巡検における杭表示に関する不正行為を指摘しております。
その後、申請グループは「現地を立入禁止にして審査を妨害しようとしている」という事実とは異なる言動を市原市やマスメディアに対して発信し、誤った情報を拡散させて本協議会の社会的信用を貶めようとしてきました。
これらの行為も、申請グループが『地層の研究に関する名誉教授の称号を持つ』と認める、楡井久による「巡検における不正行為の指摘」および「論文不正の疑いの指摘」に対する報復行為であったのだろうと本協議会は考えております。
5-3.各研究機関の対応(調査結果)と問題点
これまで述べた様に、日本の研究公正は数多くの問題点を抱えておりますが、とりあえずはルールに則り、研究不正の疑いについて告発状を提出いたしました。
不正を疑う4論文には科研費が用いられているため、2020年7月30日に科研費採択元である日本学術振興会に告発状を送付し、そこから茨城大学・国立極地研究所(情報・システム研究機構)に回付され、それぞれの機関で予備調査委員会が組織されました。
予備調査の結果、茨城大学からは「結論に影響しないため研究不正ではない」、国立極地研究所(情報・システム研究機構)からは「出版済みの論文に対する疑義は本機構ではなく学術誌が調査を行うべき」と言う回答を頂き、本調査は実施しない旨の通知を頂きました(経緯の詳細はこちらの記事をご覧ください)。
いずれの研究機関も、本協議会が指摘する論文の疑義について調査をせず、取り合わないという事ですので、以下に両機関の予備調査報告書と通知の問題点を指摘いたします。
国立極地研究所(情報・システム研究機構)の予備調査における問題点は以下の通りです。
被告発機関以外の問題点は、以下の様に整理されます。
5-3-1.国際地質科学連合(IUGS)の問題点
世界各国の研究者で構成される国際地質科学連合が、GSSP提案申請書をどの様に吟味し、どの様なデータに注目して審査を進めたのか、プロセスを公開することは地質学の教育・普及の観点から非常に重要であると考えられます。
しかし、今日に至るまで、提案申請書も審査内容も全て非公開とされております。
非公開の理由について、審査が始まった2017年頃に本協議会が訊ねた際、2次審査委員長のHead教授から「提案申請書には未公開(論文出版前)のデータも含まれるため」との回答を頂きましたが、2020年のGSSP決定時には全てのデータが学術誌上で公開されております。論文が公開済みであるにも関わらず、今日に至るまで提案申請書を全て非公開とするのは、申請グループが言うところの『科学研究の発展を阻害するもの』ではないかと考えられます。
また、本協議会がこれまで述べた各論文の齟齬につきましても、審査過程でどの様な議論がなされ、検証されたのか、未だに返事は来ておりません。
5-3-2.日本学術会議の問題点
GSSP審査を実施した国際地質科学連合(IUGS)の日本委員会は、日本学術会議IUGS分科会であることが分科会メンバーの北里洋氏(早稲田大学招聘研究員)によって説明されています。
(外部リンク:内閣府 国際地質科学連合(IUGS)活動紹介)
審査当時、IUGS分科会が提出したサポートレターがGSSP認定に大きく寄与したことが申請グループからも表明されている一方、IUGS分科会は本協議会が指摘する論文に対する不正の疑いについて回答せず、議論を避けております。
そのため、本協議会は学術会議の梶田隆章会長(当時)宛てに、IUGS分科会が議論に応じる様に促す事を要望した文書を2020年12月、2021年8月の2回にわたり送付いたしました。
(送付した文書はこちら①・②)
しかしIUGS分科会と同様に、梶田会長からも回答はありませんでした。
(2024年1月 追記)2023年11月には会長が梶田氏から光石衛氏に代わり、再度、議論に応じる様に促す事を要望した文書を送付しております。(文書はこちら)
しかし、2024年1月現在、光石会長からも回答は頂けておりません。
日本学術会議のホームページには「我が国の科学者の代表機関」と謳われておりますが、科学者の代表を自負するのであれば尚更の事、論文に対する議論には応じるべきだと本協議会は考えております。
5-3-3.文部科学省の対応と問題点
茨城大学の様に「結論に影響しなければ研究不正ではない」、あるいは国立極地研究所(情報・システム研究機構)の様に「学術誌に掲載済みの論文に関する不正の疑義は学術誌が調査を行うべき」とする研究機関がある一方、「結論に影響しなくとも図の加工は研究不正」と考える調査報告例もあります(外部リンク:日本分子生物学会 論文調査ワーキンググループ報告書。3ページ参照)。
同じ日本国内であっても、研究機関毎に不正の判断基準が異なるため、日本の研究公正に照らし合わせて茨城大学と国立極地研究所の回答が妥当なのかどうか、本協議会は2022年6月30日に文部科学省の研究公正の担当部署である科学技術・学術政策局 研究環境課 研究公正推進室へ質問状を送付いたしました。(質問状はこちら)
その後、7月4日に文部科学省より、下記の返信を頂きました。なお、メールは研究公正推進室より頂きましたが担当者の名前はありませんでした。
「結論に影響しないから不正ではない」「査読付き論文なので調査する必要はない」という研究機関の回答に対し、何も見解を示せず、監督官庁としての機能が損なわれていることがメールからも伺えます。
この様な形骸化した管理体制は、昨今問題視されている各大学等研究機関による不正告発の隠蔽に拍車をかけるものと考えられます。また、この一件を通じて、学術論文に対する監督責任を文部科学省は大学等の研究機関に、大学等の研究機関は学術誌に転嫁している実態も明らかとなりました。
自らガイドラインを作ったものの、その運用実態については監督せず、責任も負わないという文部科学省の体制も問題視されるべきだと思います。
5-4.海外の動向
研究機関が実施する研究不正の調査体制に関する問題点は、日本国内ではニュースにならず殆ど議論されてきていないものの、海外では北欧を中心に大きな問題として注目されております。
例えばスウェーデンでは2019年に第三者機関(政府機関)が一括して研究不正の調査を実施する法案が可決され、日本でも日本学術振興会がニュースとして取り上げております(外部リンク)。
また、海外では数多くの論文を読み、捏造・改ざんをはじめとする学術研究の問題点を指摘する研究者も存在します。日本においても匿名でありながらも論文不正を指摘する研究者もおります。
これら日本と海外の研究者で共通するのは「所属機関による研究不正調査に問題がある」と指摘している点です。
先にも述べました日本分子生物学会の2013年アンケートでは「研究不正の調査はどのような機関が対応すればいいと考えますか?」という質問に対し、51.6%もの研究者が「第三者の中立機関」と回答しており、所属機関が自ら調査を行う現状に対して疑問が投げかけられております。
今後、日本の研究公正に関する中立性・公平性・客観性は、より一層、海外からも求められるのではないかと考えられます。
5-5.おわりに
IUGS分科会、日本地質学会および地球電磁気・地球惑星圏学会が本協議会との議論を避けた背景には、そもそもGSSP提案申請に関連する論文を読み、申請グループから提供されたデータを確認する作業を疎かにしたにも関わらず、支持の声明を出してしまった事が疑われます。そのため、本協議会が指摘する論文不正の疑いに対しては無視を貫こうとしている様ですが、根本的には学術論文に対する関心の低さが問題ではないか、と本協議会は考えます。
これはチバニアンに限定した話ではなく、近年日本でも少しずつニュースとして取り上げられる様になった「研究不正」問題を解決するためには、より多くの国民が研究活動と論文に関心を持ち、より多くの論文が多くの人に読まれる様な仕組みが重要であると思われます。そして、その様な仕組み作りに貢献できる活動を続けていきたいと、本協議会は考えております。
チバニアンにつきましては、研究グループ・研究機関・行政・地域住民を中心に『GSSPという快挙を成し遂げたのだから、仮に多少の捏造や改竄があったとしても問題ない』という意見がある事も本協議会では承知しております。
そもそも「チバニアン」は、文部科学省研究開発局海洋地球課のホームページ(外部リンク(保存版))でも紹介され、文部科学省職員が教科書への記述を推進し(外部リンク)、文部科学大臣科学技術賞に推薦されるなど、文部科学省が力を入れているプロジェクトであるという側面もあります。
また、現地の見学施設整備のために文部科学省の外局である文化庁から15億円の資金が拠出されているという背景もあり、論文・提案申請書を一度撤回し、再現性のある正しいデータ・図表に基づき論文を書き直すことは関係者にとっては難しい事とは思われますが、研究公正の観点からは非常に重要な事だと考えられます。
本協議会は冒頭にも述べました通り、研究公正の原則および出版倫理委員会(COPE)の規則に基づき、正しい図表で論文を書き直し、正しい論文に基づきGSSP提案申請書も書き直し、同時に審査もやり直すべきである事が国際的な規範であることを主張しております。
市民レベルから科学に親しみ、数多くの論文をしっかりと読み、国際社会に誇れる研究公正が日本からも発信できる様、本協議会は今後も地道に活動を続けていきたいと考えております。