「チバニアン」GSSP提案申請書に用いられた論文に関する研究不正の疑いについて
3.酸素同位体比データに関する研究不正の疑いについて
【ポイント】
・論文を公表順に比較すると、いくつかの酸素同位体比の値が変わり、引用元の論文に無いデータが加えられている
・引用元には無いデータが加わる(捏造)ことにより、データの欠落が少なくなりGSSP審査が優位に進んだことが疑われる
・データの値が変わった箇所(改ざん)は、気候変動に関して人為的温暖化に対する不都合なデータであることが疑われる
・GSSP決定後には、さらにデータが変わり、訂正が出されることで申請・審査時点の論文とは大きく異なったデータとなる
千葉複合セクションにおける酸素同位体層序の確立を目的として、申請グループによる酸素同位体比の調査がSuganuma et al.(2015)から始まり、Okada et al.(2017)、Suganuma et al.(2018)、Haneda et al.(2020b)で実施されてきました。
酸素同位体比データに関する研究不正の疑いの概要は、最初に調査がなされたSuganuma et al.(2015)のデータが、後続の論文では増える(捏造の疑い)、あるいは値が変わる(改ざんの疑い)、というものです。
3-1.論文の齟齬の内容
3-1-1.Okada et al.(2017)とSuganuma et al.(2018)間の齟齬
Suganuma et al.(2015)の酸素同位体比データを引用しているOkada et al.(2017)とSuganuma et al.(2018)の酸素同位体比グラフを比較していたところ、引用データに異なる点があることに気づきました。以下がその内容です。
Okada et al.(2017)と比較すると、Suganuma et al.(2018)ではSuganuma et al.(2015)の酸素同位体比データの数が増え、Okada et al.(2017)の突出した酸素同位体比データの値が変更されています。
上図に赤色の矢印で示した捏造を疑う箇所(酸素同位体比の値は約2.43‰、後の論文で値が変わる)は、Suganuma et al.(2018)で新たに調査したのであれば緑色のマーカーで示されるはずですが、論文を読んでもこの箇所に関する記述は見られず、また、Suganuma et al.(2018)が発表された時点でSuganuma et al.(2015)及びOkada et al.(2017)のデータ表に関する加筆訂正(Corrigendumなど)も出されておりません。加えて、Suganuma et al.(2018)では酸素同位体比データ表が公開されておりません。
Suganuma et al.(2018)の他の図(Fig.9 など)を見ても上図Fig.6と同様にデータが増え、値が変更されていることからも作図のミスではないと考えられます。
さらに、捏造を疑うデータの高さ(m)はFig.5とFig.6の間では異なり、Fig.5では約6m、Fig.6では約8mと変化しております。この捏造を疑うデータの他にも、Fig.5とFig.6を見比べると、いくつかの酸素同位体比のデータが異なります(下図)。
人為的に手を加えない限り、同一論文内においてグラフ毎に試料の採取高さや値が異なるという事は起こり得ません。
3-1-2.各論文の酸素同位体データの比較
この様な改ざんの疑いがあることから、申請グループが千葉複合セクションにおいて最初に酸素同位体比を測定したSuganuma et al.(2015)から、出版順に各論文の酸素同位体比データを比較しました。その結果が下図になります。
また、Haneda et al.(2020b)につきましては、GSSP『チバニアン』の命名決定後に訂正論文(Corrigendum)が出されておりますが、訂正前のグラフと比較するとさらに齟齬も見られます。以下がその内容です。
上図の左のグラフが訂正前、右のグラフが訂正後です。
Suganuma et al.(2018)において捏造を疑うデータはHaneda et al.(2020b)の訂正前においても約2.43‰(パーミル)の値でしたが、訂正後に公開されたデータ表を見ると2.36‰に変わります。この訂正以降、申請グループの全ての論文において訂正後の値2.36‰のみが用いられ、訂正前の値2.43‰は一切登場しなくなります。
なぜSuganuma et al.(2018)の値である2.43‰が用いられなくなったのかが疑問ですが、このほかにも訂正後のグラフはデータが加えられ、値が変更されている箇所が複数あります。これらは全て青色の折れ線グラフのデータであり小草畑・柳川・浦白セクションに関する変更です。これら3セクションは全てSuganuma et al.(2015)で調査されたものであり、Haneda et al.(2020b)では調査されていないことが以下のHaneda et al.(2020b)Fig.S2 柱状図から読み取ることができます。
以上より、Haneda et al.(2020b)訂正論文における捏造・改ざんを疑う箇所は、全てSuganuma et al.(2015) 酸素同位体比データが変えられたものであることが判明しました。しかし、Haneda et al.(2020b)訂正論文が出された時点においてもSuganuma et al.(2015)のデータ表について訂正変更は出されておりません。
3-2.研究不正(捏造・改ざん)の疑い
3-2-1.Okada et al.(2017)
Okada et al.(2017)の捏造を疑う箇所のデータ(試料名:KG01)は同論文のFig.2柱状図で高さを確認すると、唯一、Ku1火山灰層よりも上にあります。
層序学上、Ku1火山灰層をオーバーラップした試料採取を行わないと、Ku1火山灰層より下に「時間的な不連続があるのではないか?」と見なされる可能性があります。
そのため、Okada et al.(2017)では「Suganuma et al.(2015)には存在しないデータが加えられているが、これはKu1火山灰層まで不連続のない試料採取が行われた様に見せようとしたのではないか?」という研究不正(捏造)の疑いが浮上します。
(※「オーバーラップ」「時間的な不連続」の意味につきましては4-3.で解説いたします)
なお、Okada et al.(2017)では古地磁気データと同様に酸素同位体比のデータも
「Additional file 2」として公開されておりますが、表の中にはこの捏造を疑う試料「KG01」の酸素同位体比データが存在しません。
データ表の中に存在しないからこそ捏造を疑うのですが、本協議会が文部科学省ガイドラインに則りこの問題を告発した際、被告発機関である茨城大学は「著者らは、それら分析・引⽤データを検証可能にするための詳細数値データを既に公表している。」と述べており、不正の疑いに関する調査を拒否しております。
茨城大学の予備調査報告書を読むと、捏造を疑う試料「KG01」がOkada et al.(2017)の詳細数値データ表の中に含まれていない事実については触れておらず、予備調査委員会が論文を精査しなかった事が疑われ、不正の告発を隠蔽しようとした意図も疑われます。
3-2-2.Suganuma et al.(2018)
Suganuma et al.(2018)の捏造を疑うデータは、論文中で「Suganuma et al.(2015)のデータ」とされておりますが、同じくSuganuma et al.(2015)のデータを引用したOkada et al.(2017)の酸素同位体比グラフには見られません(図)。加えて、Suganuma et al.(2018)ではOkada et al.(2017)とは異なり、新規測定した酸素同位体比のデータ表が公開されておりません。
また、Suganuma et al.(2018)ではOkada et al.(2017)の酸素同位体比データのうち突出した値が変更されておりますが、この後申請グループが執筆したSimon et al.(2019)では変更されておらずOkada et al.(2017)当初の値のまま引用されております。
ところが、Haneda et al.(2020b)になるとまた値が変更されます(図)。
Simon et al.(2019)とHaneda et al.(2020b)には岡田教授と菅沼悠介准教授(国立極地研究所)が共著者として携わっておりますが、論文毎に値が変わってしまうのはあまりにも不自然です。
さらに、捏造を疑うデータにつきましてはHaneda et al.(2020b)の訂正論文(Corrigendum)で値が変わってしまいますが、これにつきましても以下に述べる様な不自然な点があります。
Haneda et al.(2020b)の酸素同位体比グラフは同じ高さで2点以上採取・測定したのであれば、平均値を用ることが論文中のグラフから読み取れます(下図)。
しかし、捏造・改ざんを疑う箇所は2点採取・測定した痕跡がありません。
上図のHaneda et al.(2020b)のグラフが示す通り、Suganuma et al.(2018)において捏造が疑われる箇所には追加測定を実施した痕跡、つまり同一の高さに2試料分のマーカーがありません。
これは、「Suganuma et al.(2018)のデータが本当に捏造であり、当時の本協議会の指摘(記事はこちら)を受けて、Haneda et al.(2020b)の訂正論文(Corrigendum)で初めて測定した試料である」ことも疑われ、Suganuma et al.(2018)における捏造の疑いが深まります。
事実として、Suganuma et al.(2018)において捏造を疑う約2.43‰の酸素同位体比データは、Haneda et al.(2020b)に訂正論文が出されて以降、GSSP公式論文であるSuganuma et al.(2021)をはじめとする申請グループが執筆した論文には一切登場しません。
仮にSuganuma et al.(2018)が捏造でなければ、Haneda et al.(2020b)が訂正論文によりデータの改ざんをしたという疑いも浮上するため、申請グループは酸素同位体比データが変化した経緯について説明をする必要があるのではないか、と本協議会は考えます。
また、同様にOkada et al.(2017)の突出した値が変えられていることにつきましても、追加で測定を実施したならば測定した痕跡(2点のマーカーと平均値)が見られるはずです。しかし、値が変えられたSuganuma et al.(2018)およびHaneda et al.(2020b)いずれの酸素同位体グラフにも追加で測定した痕跡は見られません。
以上のことから、Suganuma et al.(2018)の酸素同位体比データにつきましても研究不正(捏造および改ざん)の疑いが浮上します。
なお3-2-1.でも述べました通り、茨城大学は「詳細数値データを公表している」と述べておりますが、Suganuma et al.(2018)は論文中に酸素同位体比データ表が公表されておりません。この事実からも、茨城大学の予備調査委員会は、調査にあたり本当に論文をチェックしたのかどうかと疑わざるを得ません。
3-2-3.Haneda et al.(2020b)
Haneda et al.(2020b)では、GSSP決定後に出された訂正論文(Corrigendum)によって過去の論文に存在しない幾つかの酸素同位体比データが付け加えられ、また、値が変化しています。
これに関連して、訂正論文ではTable S1.とTable S2の説明文(キャプション)に次の様に書かれております。
読むと「不十分な測定データを不採用」にして修正した、と書かれておりますが、どの様なデータだと「不十分」と判定されるのかが書かれておりません。
これでは極端な言い方をすれば、「根拠を示さず、どのデータをどの論文から引用したのか出典を明記しない事により、自由にデータを出し入れできてしまう」と読者から見なされてしまうことが危惧されます。
また、訂正論文では青色の折れ線グラフで示される柳川-浦白-小草畑セクションのデータが変えられておりますが、これら3セクションはSuganuma et al.(2015)においてのみ調査された場所です。この値が変わるという事は、Suganuma et al.(2015)で測定した箇所をもう一度測定し、平均値が反映されたためと考えらます。
しかし、値が変化した箇所には追加で測定したと見られる痕跡、すなわち2回測定した事を示すデータのマーカーと平均を示した折れ線(説明はこちら)がありません。
以上のことから、Haneda et al.(2020b)の酸素同位体比データにつきましてもSuganuma et al.(2018)と同様の研究不正(捏造および改ざん)の疑いが浮上します。
3-3.GSSP提案・審査への影響
3-3-1.Okada et al.(2017)
Okada et al.(2017)につきましては3-2-1.でも述べた通り、捏造を疑うデータは唯一Ku1火山灰層よりも上位にある試料です。Fig.2の柱状図を見る限り、Ku1火山灰層は小草畑セクションの43m付近に見られ、養老川セクションでは記載されておりません。しかし各酸素同位体比データを養老川セクションの高さになぞらえたFig.8の酸素同位体比グラフを見ると、この捏造を疑う試料は68m付近のデータとされております。
この違いにつきましてFig.8の説明文を見ると「(養老川セクションの)最上部からKu2火山灰層までの地層の厚さは、小草畑セクションにおける最上部からKu2とByk-E火山灰層までの距離の比率から推計したもの」と書かれております。これを要約すると、下図の通りとなります。
千葉セクションと同様にGSSP候補地であったイタリアのモンタルバーノ・イオニコ(Montalbano Jonico)セクションでは、高さ400m程度の広範囲にわたるデータが揃っていたため(Simon et al.(2017)等より)千葉複合セクションにおいても、少しでも広範囲なデータが揃っている様に見せたかった為に行われたのではないかと疑われます。
3-3-2.Suganuma et al.(2018)
冒頭にも述べました通り、申請グループが各審査段階で提出した提案申請書、および国際委員会の審査内容は全て非公開とされており、自由に閲覧することが出来ません。
しかし、唯一、提案申請書の「要約」とされる論文のみ日本地質学会が出版する地質学雑誌(第125巻 第1号 2019年1月)(外部リンク)に掲載されており、閲覧することが可能です。
読むと、この「要約」論文のFig.7はSuganuma et al.(2018)Fig.16と同じ図であることがわかります。そして、Fig.7を用いてイタリアのGSSP候補地に対して「また,Montalbano Jonicoセクションの酸素同位体比変動(Simon et al.,(2017))は,非常に分解能が高いものの,MIS19後半に一部欠落が示唆される(Fig.7).」と指摘しております。これをFig.7の図上で説明すると、下図の通りになります。
Suganuma et al.(2018)で捏造を疑うデータは、イタリア候補地の欠落を指摘した年代とほぼ同じ時期にあります。そして、このデータを入れることにより、『千葉複合セクションの酸素同位体比データはイタリアよりも欠落期間が短く緻密なデータである』ことを審査委員に印象づけようとしたのではないか、と疑われます。
また、Okada et al.(2017)の突出した酸素同位体比データに改ざんが疑われる点につきましては気候変動の議論が関わってくるものと考えられます。
理由は、当該データが変化していないSimon et al.(2019)は、主に古地磁気強度の指標に関する論文であり、データの改ざんが疑われるSuganuma et al.(2018)とHaneda et al.(2020b)は海洋環境と古気候の変化および気候変動に関する論文であるためです。
Suganuma et al.(2018)とHaneda et al.(2020b)では、データの改ざんが疑われる箇所が含まれるMIS19(海洋酸素同位体ステージ19)の地球科学的な条件(公転周期、歳差運動など)が、現在の条件と似ているため、人為的な影響が加味される現在の気候変動と比較する上でも重要な研究である事を示唆しています。
ここでもう一度、Suganuma et al.(2018)とHaneda et al.(2020b)において改ざんが疑われるOkada et al.(2017)のデータを下図で確認します。青い矢印が現在指摘している箇所です。
Suganuma et al.(2018) Fig.6の下部を見ると、MIS18とMIS20が水色で色分けされております。これが氷河期に相当します。対してMIS19は黄色~橙色でa、b、c の3つに区分されておりますが、いずれも比較的温暖である間氷期に相当します。
Okada et al.(2017)の突出したデータは、間氷期であるMIS19cの中でも非常に温暖化が進んだ時期があった事を示唆するものと考えられますが、人為的に温暖化が進んだとは考え難いMIS19の中でこの様なデータが出てくることは、現在地球温暖化の原因と考えられている人為的な温室効果ガスによる温暖化の理論とは相反するものとなる可能性が考えられます。このため、突出しない様にデータを改ざんしたことが疑われます。
3-3-3.Haneda et al.(2020b)
Haneda et al.(2020b)は2019年10月に論文受理され11月にオンライン公開されます。公開から間もなく、本協議会では酸素同位体比データに関する不正の疑いを指摘しております(記事はこちら①、こちら②)。その後、2020年1月15日にGSSP『チバニアン』が決定され、8日後の1月23日に訂正論文(Corrigendum)が公開されます。訂正論文では、本協議会がSuganuma et al.(2018)において捏造を疑う箇所の値が変わる他、幾つかのデータが増え、値が変わります。
Suganuma et al.(2018)において捏造が疑われるデータ(酸素同位体比 約2.43‰)は、訂正論文以降は登場しないことから、Haneda et al.(2020b)の訂正論文はSuganuma et al.(2018)における不正行為(捏造)の疑いを隠蔽するため、データを変える目的で出されたのではないか、と疑われます。
次のページでは、Simon et al.(2019)における『試料採取場所の改ざん行為と研究機関が予備調査を行った後の「不正を疑う証拠の隠滅行為」』の疑いについて説明いたします。
次ページ「試料採取場所の改ざん および 予備調査後の「不正を疑う証拠の隠滅行為」の疑いについて」