千葉セクション問題

2019年10月28日の Business Journal の掲載記事「チバニアンが大雨で水没、申請条件満たせない懸念も…論文に改ざんの疑いも指摘」

千葉セクション問題

転載元 11月10日閲覧のビジネスジャーナル掲載記事「チバニアンが大雨で水没、申請条件満たせない懸念も…論文に改ざんの疑いも指摘」https://biz-journal.jp/2019/10/post_125474.html

先週末の台風21号の影響による記録的な大雨で、県内15の河川が氾濫して死者9人を出した千葉県。氾濫した15の河川のなかには養老川も含まれていた。普段は風光明媚な養老渓谷も、水位を増した養老川が茶色い濁流となり景色を一変させた。養老川は頻繁に洪水を起こす2級河川としても有名だが、現在、地球磁場逆転の痕跡を残す貴重な崖として、GSSP(国際境界模式層断面とポイント)申請中のチバニアンの露頭がある河川としても知られる。今回の大雨でそのチバニアンの露頭の多くが水没した。

 このチバニアンをめぐっては、岡田誠茨城大学教授と菅沼悠介国立極地研究所准教授らGSSP申請者グループと、申請の取り下げを求めている茨城大学名誉教授で古関東深海盆ジオパーク推進協議会(以下、協議会と呼ぶ)の楡井久会長らのグループで、今も熾烈な論争が続いている。申請の取り下げを求めている楡井氏は大雨翌日の26日、養老川田淵の露頭へと急行し、水位が地層の鍵となる白尾火山灰層(Byk-E)を越えたことを確認した。露頭上部に取り付けた看板や千葉セクションの説明板もはがれ、変わり果てた露頭と対面してきた楡井氏に話を聞いた。

「養老川水系は、日本の年間降雨量では、三重県の大台ヶ原と1、2位を争っている所。昨年9月にも『地球磁場逆転期の地層』と書いた看板のすぐ下まで水が来て、我々は以前から警鐘を鳴らしてきました。GSSPの提案申請書に、その事実は当然、説明してあるべきです。現場の露頭の保存条件もGSSPの審査条件のひとつだからです。我々が研究を開始した1991年8月当時の養老川の河岸は、緑の木々で覆われていて露頭の露出条件は今より良くなかった。その後の度重なる洪水で崖が削られ、現在の露頭が姿を現したのです。GSSPに認定されて、露頭にゴールデンスパイクが打ち込まれても、台風や大雨の影響でその記念のスパイクごと露頭がなくなる可能性も否定できません」

写真(2)

 上の写真(1)の右が昨年12月に撮影した通常時の養老川。左は昨年9月の増水時の養老川だ。写真下は「地球磁場逆転期の地層」と書かれた看板。先週の大雨でこの看板も写真(2)のように外れる寸前だ。河床を支えている写真左の大木にも洪水の傷跡が残る。ちなみに、日本とGSSPを争っているイタリアの2候補地についても、露頭の保存状態を検討する必要がありそうだ。

GSSPの審査状況
 では、肝心のGSSPの審査状況はどうなっているのか。「申請書が長すぎるので短縮してほしい」との理由で、審査は9月中旬いったん延長となった。申請者グループは、9月29日に短縮したGSSP提案申請書を再提出。2週間後に審査結果が出る予定だったが、10月12日に再度2週間延長され、先週末にも審査が終わるとみられていた。まさにそのタイミングで大雨が千葉を襲ったことになる。

写真(3)

 調査工事中の露頭も削られ、GSSPの点を打つ候補のByk-Eはすべて水をかぶった。今回の自然災害が審査にどう影響するのかは未知数だが、最悪のケースも想定しなければおかしい。写真(3)はGSSP申請者グループが作成した合成写真である。

写真(4)

 Byk-Eのところに矢印で「いわゆるゴールデンスパイクの位置」と示しているが、大雨翌日の写真(4)を見ると、Byk-Eの高さを越えて水没したことが見て取れる。水は引いているのだが、立てかけたはしごに流れ着いた枝木が絡みつき、説明板も外れそうになっているからだ。ゴールデンスパイクを打つ場所は、洪水で水没するような場所であっても問題はないのだろうか。

論文に対する疑問点

写真(5)
写真(6)

 それらの心配事に加えて、協議会側からもまた新たな疑問点が提示された。協議会側のグループはGSSP審査の要となる5本の論文を徹底的に精査した結果、菅沼准教授が2015年に米国地質学会の学術誌「Geology」に掲載した論文の添付図2と表2に問題点を発見したのだ。それについて、わかりやすく解説しよう。写真(5)は添付図2を拡大したもの。写真(6)は表2を拡大したものだ。そして、写真(7)は添付図2の写真である。

 写真(7)の図の左は順に「Yanagawa」「Yoro River」「Kogusabata」の3本の地質柱状図。右の黒い折れ線グラフは「Yanagawa」と「Kogusabata」から採取した底生有孔虫という微化石に含まれる酸素同位体18の割合(単位はパーミル「‰」)を表している。この図を拡大した写真(5)の「Kogusabata」の柱状図の右側に小さな黒い点がある。この点はそれぞれ上から順にKG01、KG02…KG39までナンバリングされている。

 これらは底生有孔虫の微化石を採取したポイントで、それぞれByk-Eを基準(0メートル)に採取ポイントまでの高さが表2に記されている。しかし、写真(6)の表の拡大図を見ると、左のサンプル欄の最初はなぜかKG01ではなくKG02から始まっており、Byk-Eからの高さも52.39メートルと記されている。なぜKG01がないのか。KG01は必要のない試料なのだろうか。

 また、KG02の採取位置はByk-Eから52.39メートルだが、折れ線グラフ上の位置は約48メートルで、Kogusabataの柱状図上の位置は約44メートルのところにプロットされており、すべてがバラバラ。最大の疑問はKogusabataの柱状図の高さが約48メートルしかないことだ。地層が48メートルしかないのに、なぜ52.39メートルの高さから底生有孔虫の微化石試料を採取できたのか。

 もうひとつ疑問なのは、表2のサンプル欄に記されていない点が、KG01以外にも計8カ所存在することだ。上からKG01、KG06、KG39、YG06、YN19、YW04、YW05、YW08の試料採取ポイントが記されていない。論文の添付資料に、こんな改ざんが許されるのか。論文の査読者は添付資料にまで目を通さないのだろうか。楡井氏に話を聞くと、以下のような答えが返ってきた。

写真(7)

「KG02の採取位置は確かに52.39メートルと書いてありますが、これはYoro Riverの柱状図の高さと同じです。この表2のデータで酸素同位体18の割合を折れ線グラフにすると写真(7)の赤い折れ線グラフになります。本来のデータでグラフにすると黒いグラフになる。どういうことかというと、底生有孔虫の微化石を採取したのはYoro Riverだと言いたいのでしょう。短い千葉セクションの上にYoro Riverの柱状図をのっけたのも、イタリアのMontalbano Jonicoセクションのように1本の長い柱状図に見せたかったのでしょう。

 本来Yoro Riverは3本の柱状図で表現すべきでした。しかし、そうすると千葉セクションが短くて見劣りする。イタリアのJonicoセクションは途中で5~6メートル切れていますが、高さは一直線で440メートルもある。底生有孔虫の微化石も1本の地層から採取して、酸素同位体18の割合もきちんとした折れ線グラフで示しています。つまり、日本は長さではイタリアに勝てない。だから、日本は論文でも偽装、改ざんの疑いのある行為を行ったということです」

“勝つためならなんでもあり”というのは、「科学」の世界では許されることなのか。

転載元 11月10日閲覧のビジネスジャーナル掲載記事「チバニアンが大雨で水没、申請条件満たせない懸念も…論文に改ざんの疑いも指摘」https://biz-journal.jp/2019/10/post_125474.html

(文=兜森衛) Copyright © Business Journal All Rights Reserved.